「正しさ」の決められ方

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自分は、一応ツイッターでは立場上可能な限りあらゆることを否定しない噛みつかないの立場であろうと思ってます。(DMとかではフリーダムに行ってますが)

でも、個人的なスタンスは、私が重んじるのは「個」であり、個を打ち消し、数に任せて物事を決める「集団」のやり方は好きません。

何が言いたいかというと、私は今の立場がないなら、別に誰に嫌われても構いませんし、認められるために何かをやってるわけではありません。

でも、「正しい」ということが決められていくプロセスについて、個人的にかなり危機感を持っている流れがあります。

それは、考えることを放棄した多数派が表面上のものだけで言ったことが多数意見になって、それが「正しい」ものだと決めつけられることです。

具体的にどういうことかというと、モバマスのとある場所では、「矢口美羽」というキャラは、誰かや何かがダジャレを言うと、すぐに条件反射で彼女の名前が出されます。また、ダジャレを言うキャラである高垣楓や、他の子がダジャレを言った時、彼女の名前が引き合いに出され、比較されます。
しかし、彼女がダジャレを言う背景について、誰も語ることなく、とにかく程度の低いダジャレを言ったら矢口美羽の名前が出されるようになっています。
そして、恐ろしいことに、それに対して疑問を呈する人が誰一人としていないのです。

これこそが、さっき言った、考えることを放棄した多数派の意見が正しいと決めつけられていることに繋がります。

私の基本スタンスは、「悩んだ末に出た答えならば、どんな答えでも正しい」です。思慮思考を巡らせたものならば、どんな意見が出ようともそれは意見交換や、自分の価値観をさらに研磨する素材になるし、尊重すべき考えだと思うからです。逆を言えば、「無思慮は罪」です。正確には思慮思考もめぐらせず軽くモノを言うことには基本反発します。

だからこそ、大して考えもしない意見だろうと、多数派ならばそれが「正しい」と認められ、色々思慮思考を巡らせた意見が少数派だからというだけで切り捨てられる「正しさ」の決め方には、かなり危機感を持ってるし、そういう風潮は絶対に認めたくないと思うわけです。

ってのを僕の担当アイドルである矢口美羽への周りの扱いを見て感じたなあと思いましてね。反論や批判なども大歓迎です。

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Category: アイマス論

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